伊勢神宮の吉川竜実さんに学ぶ「神道」縄文意識覚醒アート―⑬神奈川沖浪裏―(六)

「神道ことはじめ」コラム

「縄文意識」とは、己が生業なりわいに全力で勤しみ、無我や没自然の境地となって真の自己を解き放ち、あるがままの姿で自由に生き切っていく意識のこと。=0意識(私=0=∞)=ゼロ・ポイント・フィールド。

吉川さん:それから岡本太郎にとっての「芸術」と「呪術」とは共に「透明なる混沌」から導き出されたものであると同時に、それに至る唯一のメソッドとしての役割があると左のように捉えているのは注視されます。

われわれは日常、意識・無意識のうちに混沌に正対している。この二つのメソードのどちらが効果的にそれをひき出すかということは、大きな問題である。

今日の芸術が自身の中に完結し、あまりにも直接的な表現に終っているというところに、空しさ、卑小さ、価値のもろさがあらわれてくるのではないか。

むしろ、画面、作品、美学、その枠内の限定された世界のハーモニーをうち破って、非芸術的と思われるモメントにけるべきではないだろうか。その意味で宗教的・呪術的な方法、そしてその約束ごとは大きな暗示である。

それによって猛烈な不協和音を発する。とかく調和し、固定化する精神内部に、想像をこえた空間と幅を現出させる

そして己れの分際ぶんざい、市民生活のムード、その悪循環から精神を断ち切り、それをこえた強力な緊張感に己れをたたきつける。自我をこえた絶対に己れをとけこますことによって、つまりは透明なるコントンを自他に顕現けんげんするのだ。
(秘密荘厳「神秘日本」(岡本太郎の宇宙4『日本の最深部へ』より))

また石井匠氏も前掲書(謎8 爆発と呪術の秘密「第Ⅳ幕『太陽の塔』の呪力」『謎解き 太陽の塔』)で指摘していますが、そのような「芸術」と「呪術」とは本来一体でなければならないとして、「芸術=呪術」であると太郎は強調しています。

芸術家はつねに孤独のど真中で無と対決している。そこに、色・形・響きがわきおこってくる。(それは絵ではない。それ以前であり、以後のものだ。絵と芸術とは全然別ものであることを、私は強調したい。)

この絶対的孤独のなかの響きが、ちょうど核分裂のキノコ雲のように、現象の世界にふくれあがる。したがって、孤独は猛烈に社会的なのである。

芸術のメカニズムは、のっぴきならない矛盾をはらんでいる。この社会的、そして非社会的矛盾も、その大きな表われなのだ。

芸術は呪術である。人間生命の根源的混沌こんとんを、もっとも明快な形でつき出す。人の姿を映すのに鏡があるように、精神を逆手にとって呪縛じゅばくするのが芸術なのだ。

ところで、理解されることを、あくまでも拒否することが、また芸術の本質である。たしかに芸術家は己れの世界を他におしつけ、征服しようという強烈なダイナミズム、権力の意志がある。それは芸術家のロマンティスムだ。

しかし、この帝国主義にも大きな矛盾がひそんでいる。実は、それと同時に己を絶対に他に理解させたくないという意志がはたらくからだ。

もし己れが理解されたとしたら、これはもうすでに己れではない。自分は解消して、他者になってしまうのだ。いかに、その意味で自己を放棄して他者になってしまった人間の多いことだろう。

己れを理解させようという情熱と、それにもまして、コミュニケーションを断絶しようという意志と。

私が芸術家は好かれてはならない、嫌われなければいけないと力説するのは、すこしも逆説ではなく、この危機を平明な日常語で指摘したにすぎない。

芸術は呪術である。まず己れを呪縛する。己れにとって、神秘であり、不可解である。自分自身、価値づけられない。

私はこのように、自分にとっても価値を超越したものが一つあるということ、それが大事だと思うのだ。(序ー呪術誕生「瞬間と爆発」(岡本太郎の宇宙Ⅰ『対極と爆発』より)

このように「芸術は呪術である」と規定した岡本太郎が最も理想とした社会や文化とはいったい何だったのでしょうか。結論からいえばそれが、一万年以上にわたって自然と共生し継続した〝縄文文化〞であったと思われます。(引用文中の波線は編集部による)


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吉川 よしかわ竜実たつみさんプロフィール
神宮参事・博士(文学)
皇學館大学大学院博士前期課程修了後、平成元(1989)年、伊勢神宮に奉職。
平成2(1990)年、即位礼および大嘗祭後の天皇(現上皇)陛下神宮御親謁の儀、平成5(1993)年第61回式年遷宮、平成25(2013)年第62回式年遷宮、平成31(2019)年、御退位につき天皇(現上皇)陛下神宮御親謁の儀、令和元(2019)年、即位礼及び大嘗祭後の天皇(今上)陛下神宮御親謁の儀に奉仕。平成11(1999)年第1回・平成28(2016)年第3回神宮大宮司学術奨励賞、平成29(2017)年、神道文化賞受賞。
通称“さくらばあちゃん”として活躍されていたが、現役神職として初めて実名で神道を書籍(『神道ことはじめ』)で伝える。

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