伊勢神宮の吉川竜実さんに学ぶ「神道」縄文意識覚醒アート―㉗『隅田川怒濤図(男浪・女浪)』(一)

「神道ことはじめ」コラム

「縄文意識」とは、己が生業なりわいに全力で勤しみ、無我や没自然の境地となって真の自己を解き放ち、あるがままの姿で自由に生き切っていく意識のこと。=0意識(私=0=∞)=ゼロ・ポイント・フィールド。ただしコトの成就や調和は神や仏、自然や宇宙に任せる。

吉川さん:北斎が信濃国(現長野県)高井郡小布施おぶせの地をはじめて訪れたのは天保13年(1842)83歳の時。それから彼が逝去する89歳までの7年間に4度も来訪し、のべ3年半の期間にわたって滞在して画業に励んでいます。

江戸から小布施まで徒歩で5日間、約240㎞もの遠路をもろともせず、なぜ北斎は再三にわたって赴いたのでしょう? その主要因は、愛弟子まなでしであり最も有力なパトロンの一人として師友関係にあった高井鴻山たかいこうざんの強い招聘によるものと思われます。

また風紀の乱れや贅沢を禁じる老中・水野忠邦の「天保の改革」によって、歌舞伎や浮世絵といった娯楽に厳しい制限が下されたことで、江戸での創作活動に支障を来たすとともに、己が身にも処罰が及ぶ危惧を感じていたことも否定できない事実だったのでしょう。

鴻山は小布施を代表する造酒業を主とする豪農商家で、江戸や京都に遊学して絵画や書をはじめ国学や和歌、蘭学や医学にも精通し、儒学も研鑽していました。

大塩の乱で有名な大阪町奉行元与力よりき・大塩平八郎や松代藩の朱子学者で思想家の佐久間象山とも交流する等、文化的気質の非常に高い人物だったといいます。

北斎が自由闊達な創作活動に邁進できるよう、自宅に新座敷を構えて提供し、後にはアトリエ「碧漪軒へきいけん」まで設けて娘の葛飾お栄(応為とも)も迎えて厚遇し、画材はもとよりあらゆる支援を惜しまなかったと伝えられています。

北斎と鴻山との年齢差は実に40歳以上もかけ離れており、祖父と孫のような関係でありながら、それを超えて余りある強い師友関係が結ばれていました。だからこそ北斎の集大成となる優れた肉筆画の数々が北信州奥地の小布施に残されたのです。

この時期の作品群は総称して「小布施もの」と呼ばれます。代表的な作品は『八方睨はっぽうにらみ鳳凰図』や『富士越龍ふじこしのりゅう』、『二美人図』等ですが、中でも鴻山から北斎に製作依頼された「大きなパブリックアート」ともいうべき画業が以下の3点です。

①龍図・鳳凰図:皇大神社こうたいじんじゃ逢瀬おうせ神社(元諏訪社・諏訪宮と称した)夏祭り(=祇園祭)東町屋台天井絵
②隅田川怒濤図:同神社夏祭り上町かみまち屋台天井絵、付木彫の公孫勝像・応龍像
③八方睨み鳳凰図:岩松院本堂天井絵

『知られざる北斎』の著者・神山典士氏は、この3点を一体性のあるものとして捉え、確かな史料的裏付けに基づいて一括して解説されています。つまり鴻山からの大きな依頼であり、製作意図や趣旨が重なりあったものとして取り扱われるべきだろうと見られるのです。

北斎の小布施訪問は江戸を離れることだけでなく、110歳での才能の完成に向けて、肉筆画を制作することにあった。そのためには良質のパトロンがいる。鴻山や豪商、豪農が数多いる小布施は、その意味でも理想の地だった。

鴻山は北斎に、自身の菩提寺であり武将・福島正則が眠る岩松院の本堂の天井画を依頼した。岩松院は1815年(文化12年)に消失し、1831年(天保2年)に棟上げされた。この未完成の天井に鳳凰図を描くことが北斎のミッションになった

続いて東町の屋台を再造して、天井に龍と鳳凰図を描くこと。鴻山一族が住む上町に新しい屋台を造り、水滸伝の英雄・公孫勝と応飛龍を木彫して飾り、背後に怒濤図2図(男浪図、女浪図)を描くこと。この3点が鴻山からの大きな依頼だった。
(神山典士著『知られざる北斎』「小布施での画業」)

出典:『隅田川怒濤図(男浪・女浪)』(北斎館所蔵)

(次号に続く)


バックナンバーはこちら▼

吉川 よしかわ竜実たつみさんプロフィール
神宮参事・博士(文学)
皇學館大学大学院博士前期課程修了後、平成元(1989)年、伊勢神宮に奉職。
平成2(1990)年、即位礼および大嘗祭後の天皇(現上皇)陛下神宮御親謁の儀、平成5(1993)年第61回式年遷宮、平成25(2013)年第62回式年遷宮、平成31(2019)年、御退位につき天皇(現上皇)陛下神宮御親謁の儀、令和元(2019)年、即位礼及び大嘗祭後の天皇(今上)陛下神宮御親謁の儀に奉仕。平成11(1999)年第1回・平成28(2016)年第3回神宮大宮司学術奨励賞、平成29(2017)年、神道文化賞受賞。
通称“さくらばあちゃん”として活躍されていたが、現役神職として初めて実名で神道を書籍(『神道ことはじめ』)で伝える。

★吉川竜実さん著書『神道ことはじめ』の無料お試し読みプレゼント★

知っているようで知らないことが多い「神道」。『神道ことはじめ』は、そのイロハを、吉川竜実さんが、気さくで楽しく慈しみ深いお人柄そのままに、わかりやすく教えてくれます。読むだけで天とつながる軸が通るような、地に足をつけて生きる力と指針を与えてくれる慈愛に満ちた一冊。あらためて、神道が日本人の日常を形作っていることを実感させてくれるでしょう。

下記ページからメールアドレスをご登録いただくと、『神道ことはじめ』を第2章まで無料でお試し読みいただけます。また、吉川竜実さんや神道に関する様々な情報をお届けいたします。ぜひお気軽にご登録くださいませ♪

タイトルとURLをコピーしました