先人たちが残してきたさまざまなアートには、調和と共生の象徴でもある縄文的感性を覚醒させる手がかりがあるようです。そこで世界的にも突出した浮世絵師・葛飾北斎の「富嶽三十六景」を題材に、日本人の精神性を縄文に遡って探究していた岡本太郎の芸術論を交えてご紹介いたします。
吉川さん:西洋の遠近法をも習得需要していた北斎が『北斎漫画』(1814年出版開始・全15巻の絵草子)で提唱した構図法としては、唯一「三ツ割の法」(画面水平三等分法)に限られています。
しかし、たとえば戸田吉彦氏が好著『北斎のデザイン』で検証されているように、これに垂直三等分線を加えると今も広く使われる「画面三分割の実用構図」(=全九画面分割構図)となり、この構図がもたらす効果を十分知り尽くした上で『富嶽三十六景』の製作はなされた可能性が高いという主張が有力になっています。もちろん『富嶽三十六景』三役の一つであり、黒富士とも称される「山下白雨」についても同様です。
ところで縄文意識の体現者であった岡本太郎の芸術表現の中核思想には、「対極=瞬間=爆発」があったといいます(椹木野依「「爆心地」に残された言葉」(岡本太郎の宇宙Ⅰ『対極と爆発』収載)参照)。
そして、その縄文意識を象徴しているかのような絵画が、「第2の太陽の塔」とも呼ばれた『明日の神話』(1969年)。太郎畢生の傑作です。
実は「山下白雨」には、以下のような太郎の中核思想による縄文意識に基づく構図内容が内在されていることから、先の戸田説は十分正しいように思っています。
つまり水平上段部では青空に広がった富士の山頂付近が雄大に画かれ、同下段部では画題にもあるように夏の晴れ間に降る夕立を呼ぶ黒い雨雲が怪しげに立ち込め山肌を覆い尽くすと一瞬にして稲妻が閃く場面が描写されています。
そして水平中段部では上段部と下段部の有する明暗を分けた原因であった青空に突如モクモクと湧き上
がった積乱雲と堅牢な霊峰の山肌とが(=対極)激しくぶつかり合って互いのエネルギーが拮抗した瞬間(=爆発)の様子が描き出されて、全九画面分割構図の中央部に配置されています。
従って急変する富士の気象を一枚の絵とした「山下白雨」には、明確なる「画面三分割の実用構図」の有効活用と太郎の縄文意識の芸術表現ともいえる「対極=瞬間=爆発」思想とが見事に反映されていると考えられるのです。
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今月の北斎 「山下白雨」(富嶽三十六景)
吉川 竜実さんプロフィール
神宮参事・博士(文学)
皇學館大学大学院博士前期課程修了後、平成元(1989)年、伊勢神宮に奉職。
平成2(1990)年、即位礼および大嘗祭後の天皇(現上皇)陛下神宮御親謁の儀、平成5(1993)年第61回式年遷宮、平成25(2013)年第62回式年遷宮、平成31(2019)年、御退位につき天皇(現上皇)陛下神宮御親謁の儀、令和元(2019)年、即位礼及び大嘗祭後の天皇(今上)陛下神宮御親謁の儀に奉仕。平成11(1999)年第1回・平成28(2016)年第3回神宮大宮司学術奨励賞、平成29(2017)年、神道文化賞受賞。
通称“さくらばあちゃん”として活躍されていたが、現役神職として初めて実名で神道を書籍(『神道ことはじめ』)で伝える。