伊勢神宮の吉川竜実さんに学ぶ「神道」縄文意識覚醒アート―㉚『隅田川怒濤図(男浪・女浪)』(四)

「神道ことはじめ」コラム

「縄文意識」とは、己が生業なりわいに全力で勤しみ、無我や没自然の境地となって真の自己を解き放ち、あるがままの姿で自由に生き切っていく意識のこと。=0意識(私=0=∞)=ゼロ・ポイント・フィールド。ただしコトの成就や調和は神や仏、自然や宇宙に任せる。

吉川さん:前回、小布施における北斎の画業には、岡本太郎のいう「芸術=呪術」に通じるものがあるとお伝えしました。ちなみに前掲の荒井氏は、折口信夫の「マレビト」論を援用しながら、北斎の大板絵の画業に京都八坂の祇園祭が勃興してきた中世日本の世界や面影を見出されています。

しかし、やはりそこは以前筆者が折口の「マレビト」論について説いたように、マレビト論自体の発想とその淵源を縄文時代にまで遡らせて考え、北斎の大板絵製作画業についても論じなければならないと感じています。

「鬼は外、福は内」というのは、ナマハゲなどにも共通していることですが、「悪い神も善い神も災い(=鬼)も幸い(=福)も訪れるけれども、その両方を共に迎えて、いなしてきた」わが国独特の美風であり知恵でもあります。

これが弥生以前の日本文化の基層を解明する上でとても重要なカギを握っているとして、柳田国男氏と日本民俗学研究の双璧を成した折口信夫(1887〜1953)が「マレビト信仰」としてまとめています。

マレビトとは、「自分たちの暮らしとは異質な文化や神が、時を定めて訪れる」という考え方のことで、災いも幸いももたらすという両方の側面があります。マレビトをこぞって出迎えるのか、悪いものとして前面排除するのか、その絶妙のバランス感覚の大切さと感性とがわれわれに伝えられてきたのでしょう。
(『神道の源流「縄文」からのメッセージ』より)

ところで、北斎は生涯にわたって「水」をモチーフとする作品を数多く生み出しています。例えば『富嶽三十六景』完結直後の天保4年(1833)頃には、日本全国の名高い瀧を題材とし爽快感溢れる落下する水の表現に意欲的に挑んだ全8図から構成される名所絵揃物の『諸国瀧巡り』が出版されています。

また同時期に日本各地の海や川を舞台に波や水しぶきといった変幻万化する水の表情と漁労に勤しむ人々が織りなす景趣を活き活きと描いた全10図から構成される名所絵揃物『千絵ちえの海』が出版されているのも有名です。

このような水の表現者たる北斎の最終進化形ともいえ、有終の美を飾るにふさわしい作品となったのが『隅田川怒濤図』「男浪」・「女浪」(弘化2年(1845)7月着手、翌年5月完成)です。

この絵図は祇園祭で使用される上町屋台の天井絵として描かれたもので「男浪」と「女浪」の二図(各図とも約125㎝四方の桐板の上に描画)が一対となって成立しており、この絵の真下には公孫勝像と応龍像とが安置されています。

この安置された木像と『隅田川怒濤図』「男浪」・「女浪」とは不離一体の関係として、その製作趣旨や意図を捉えなければならないと考えています。
(波線は編集部による)

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吉川 よしかわ竜実たつみさんプロフィール
神宮禰宜・博士(文学)
皇學館大学大学院博士前期課程修了後、平成元(1989)年、伊勢神宮に奉職。平成2(1990)年、即位礼および大嘗祭後の天皇(現上皇)陛下神宮御親謁の儀、平成5(1993)年第61回式年遷宮、平成25(2013)年第622回式年遷宮、平成31(2019)年、御退位につき天皇(現上皇)陛下神宮御親謁の儀、令和元(2019)年、即位礼及び大嘗祭後の天皇(今上)陛下神宮御親謁の儀に奉仕。平成11(1999)年第1回・平成28(2016)年第3回神宮大宮司学術奨励賞、平成29(2017)年、神道文化賞受賞。
通称“さくらばあちゃん”として活躍されていたが、現役神職として初めて実名で神道を書籍(『神道ことはじめ』)で伝える。

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