「縄文意識」とは、己が生業に全力で勤しみ、無我や没自然の境地となって真の自己を解き放ち、あるがままの姿で自由に生き切っていく意識のこと。=0意識(私=0=∞)=ゼロ・ポイント・フィールド。ただしコトの成就や調和は神や仏、自然や宇宙に任せる。

(北斎館所蔵)
吉川さん:前号で「北斎」改名に秘めた決意(「森羅万象のみを師と仰ぎ」ながらその「造化の妙」を写し取る画業に励む)について触れました。北斎のこのような決意表明は、神道的な観点からすると「造化三神」への信仰へと自ずと繋がっていくものと見て差し支えはないでしょう。
『古事記』「序文」と同書上巻「天地開闢」段に「造化」三神について次のように記されています。
乾坤初めて分かれ参神造化の首と作す。陰陽斯く開き二霊群品の祖と為す。天地初めに発之時、高天原に於神成りまし名は天之御中主神(略)、次に高御産巣日神、次に神産巣日神、此の三柱神者並びて独神と成り坐して而身を隠す也。
「造化三神」の内の天之御中主神については、中近世を経て江戸期には北斎も熱烈に信仰した北極星及び北斗七星を神格化した「妙見菩薩」と習合して一般庶民の信仰の対象となったのであり、今各地で見られる天之御中主神を祀る神社の多くは江戸期までの妙見社を母胎としています。
そして他の二神である高御産巣日神と神産巣日神については、以前拙著『神道の源流「縄文」からのメッセージ』でも指摘しましたが、国学者の本居宣長(1730〜1801)が『古事記伝』三之巻の天地初発の段において「産霊(むすび)」の働きを司る神として以下のように説いています。
高御産巣日神、神御産巣日神。
( 略 )
されば産霊とは、凡て物を生成すことの霊異なる神霊を申すなり。
( 略 )
さて世間に有リとあることは、此ノ天地を始めて、万ヅの物も事業も
悉に皆、此ノ二柱の産巣日大御神の産霊に資て成リ出るものなり。
つまりこの「産霊」の働き、換言すれば「造化の妙」をいかにモノやカタチとして創造し表現するのか。自然から学び自然と一体となって暮らした縄文の人々には、そのような感性や志向性が、必ず存したと思われます。従って北斎もおそらくこのような縄文的感性を有して、己が画業が「正に神妙にならんか」(『富嶽百景』初編「跋文」より)を目指して終生取り組んでいたと見られますが果たして如何でしょうか。
(次号に続く)

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吉川 竜実さんプロフィール
神宮禰宜・博士(文学)
皇學館大学大学院博士前期課程修了後、平成元(1989)年、伊勢神宮に奉職。平成2(1990)年、即位礼および大嘗祭後の天皇(現上皇)陛下神宮御親謁の儀、平成5(1993)年第61回式年遷宮、平成25(2013)年第622回式年遷宮、平成31(2019)年、御退位につき天皇(現上皇)陛下神宮御親謁の儀、令和元(2019)年、即位礼及び大嘗祭後の天皇(今上)陛下神宮御親謁の儀に奉仕。平成11(1999)年第1回・平成28(2016)年第3回神宮大宮司学術奨励賞、平成29(2017)年、神道文化賞受賞。
通称“さくらばあちゃん”として活躍されていたが、現役神職として初めて実名で神道を書籍(『神道ことはじめ』)で伝える。
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